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子之神社 (ねのじんじゃ)
 子の神さま (ねのがみさま) 
所在地住所 〒259-0311
神奈川県足柄下郡湯河原町福浦129
電話番号
FAX番号
ホームページ http://okuni-konomiya.sakura.ne.jp/
メールアドレス okuni.kamunagara@gmail.com
[ 子之神社 ]
※ご注意:システムの構成上、地図のポイントと実際の神社の位置に多少の差異があります。

大己貴命   ( おおなむちのみこと )
素盞鳴命   ( すさのおのみこと )
天照國照彦天火明櫛甕玉鐃速日尊   ( あまてらすひこあめのほあかりくしみかたまにぎはやひのみこと )
倭建尊   ( やまとたけるのみこと )
熊野三所大権現(家都美御子大神、速玉男神、熊野夫須美大神)   ( くまのさんしょだいごんげん(けつみのみこおおかみ、はやたまのおのかみ、くまのふすみのおおかみ) )
金剛蔵王権現   ( こんごうざおうごんげん )
市杵嶋比賣命   ( いちきしまひめのみこと )
子守大神   ( こもりのおおかみ )
天地坐八百萬神   ( あめつちにいますやおよろずのかみ )

1月1日歳旦祭(さいたんさい)
[初護摩 (はつごま)]
2月節分節分祭(せつぶんさい)
[追儺式 (ついなしき)]
7月最終土曜・日曜例大祭(れいたいさい)
[お浜行事 (おはまぎょうじ)]

遥か太古の昔、大海原の彼方から、龍王、妃、王子の三柱の神々が、荒藺乃崎(現在の真鶴岬)に御船に乗られて御出でになり、当地を開拓されたと伝えられています。その後、文武天皇4年(西暦700)、役行者と共に、当地を訪れた穂積濃美麻呂卿が、師である役行者と共に、陰陽の秘法を以て、金剛蔵王権現、弁才天、子守大明神をお祀りしたのが当神社の創始であり、その折に、当地に「霊妙なる薬湯」を見い出したのが、現在の湯河原温泉の始まりと伝えられています。
 時は移ろい、平安の世は、天歴7年(西暦953)、濃美麻呂卿の十代目の孫、穂積俊基卿が、当地海岸の「龍宮の鼻」と称される大岩に、金色に輝く神霊が降臨されたのをお迎えし、初めてやしろを設け、お祀りしたのを創建とします。
 その後、当地の豪族、荒井刑部實継公一党の崇敬が篤く、その主君、源義家公、その子孫、源頼朝公、源義経公も篤い信仰を寄せました。時は降り、應仁の大乱も収まりし、南朝・明應10年(西暦1478)、戦乱に明け暮れる都を逃れ、御一門の山田宮を伴われ、楠一族、菊池党、高橋党などの忠臣の警護を受けつつ、当地に尊き御身を寄せられた、後醍醐天皇の玄孫の宮に坐す、小倉宮尊成親王は、時の神官、大和守穂積重勝の娘、安津佐姫を娶られ、祀職となられ、お若きみぎり、吉野は金峯山に於て、修行に励まれていた折のこと、大天狗から法力を授けられた故事にちなみ、穂積天佑と称され、この名が後の代々の宮司の法名とはなり、又、平安京の北方の守護である子之宮の神霊を、当神社に併せ祀られました。
 他に、やしろの杜に住まう梟の鳴き声を、「東路(あづまぢ)を 吾(わ)が越へくれば ひなの里 福ぞ来たらむ みつかひの声」との歌に詠まれて、このことを瑞祥とされ、この地を「福ぞ来たらむ里」と名づけられ、それが現在の福浦の地名の由来となった、と云う逸話も残されています。爾来、第五十三代宮司、天佑穂積宜龍に至るまで、連綿と途絶えることなく、その血脈法統は受け継がれ、地元はもとより、広く、日本全国、また海外に至るまでも、多くの人々の信仰を集め、心の拠り所となっています。
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