神社情報
[由緒沿革]正親町天皇元亀2年(1571)9月19日創建、村岡五郎平良文(第五十代桓武天皇二代孫高望王第5子村岡郷初代城主)村岡公致(雅)(平良文弟良兼子)村岡致成(平良文弟良正子)鎌倉景成(村岡致成子)鎌倉権五郎景政(鎌倉平景成子)奥州征伐時八幡太郎源義家家従軍功を立て村岡郷城主となる。村岡良文は皇族より始めて平姓祖全国に五(御)霊神社27社あるが平姓の祖神を祭神として奉斉する神社は珍しい。汲沢は村岡郷に属していたため、良文領といって53枚田外山などがある。神徳は家運隆盛と交通安全、安産。
[鎮座地]横浜市戸塚区汲沢町1273
[祭神]村岡良文 村岡公致 村岡致成 鎌倉景成 鎌倉権五郎景政
[神事]元旦祭 一月一日、例祭 10月第1日曜日、七五三祭 11月15日前後、初宮詣 随時
社頭掲示板 五霊神社由緒沿革
祭神五柱 村岡五郎平良文公(桓武天皇曽孫高望王第五子で村岡郷の初代城主となる)村岡公致(義致)公 村岡致成公 鎌倉景成公 鎌倉権五郎景政公 正親町天皇元亀2年(1571)9月19日創建 當地は村岡郷に属しており森織部義秀が村岡郷宮前村(現藤沢市宮前)御霊社を勧請し守護神とした。後に鎌倉権五郎景政公を合祀して祭神が五柱となるにつき社名を五霊社と改めたと云ふ。村岡五郎良文公は皇族より始めて平姓を賜わった高望王の子にて全国にも平姓の祖とも云ふべき方を主神として奉齋する神社は珍しい。慶長2年(1597)社殿を再興して五霊大権現と称した。其の后社殿の改築2回更に関東大地震に倒壊して翌年復興し数度の修理を行ったが近年雨漏を憂いて森今吉氏が多額の浄財を奉納され此れを基に氏子一同これに賛同奉納し流れ造りの社殿を改め権現造りの様式にて御造営を成し昭和57年11月6日に竣工した。茲にこれを記念して建設委員一同由緒碑を建設する。御神徳 家運隆昌、厄除、安産、学業成就、交通安全 大祭日 10月1日(現在は直近の日曜日)
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